聖書に以下の事を学ぶ。
主はアブラムに言われた。
「あなたは生まれ故郷、父の家を離れて私が示す地に行きなさい。
私はあなたを大いなる国民にし、あなたを祝福し、あなたの名を高める。祝福の源となるように。
あなたを祝福する人を私は祝福し、あなたを呪うものを私は呪う。
地上の氏族は全てあなたによって祝福に入る。」
神様はこのように言って、アブラムは旅立つ。
誰もが何らかの特別な役割を持って生まれてきたのだが、大抵の人はそれに気づかず一生を終える。実は今までやり続けてきたことが、その人の特別な役割だったかもしれない。
普通の人にとっては、別に神様と直接対話できる能力なんてなくたっていい。自分との対話ができていれば十分だと思う。使命感はふと降ってくる。神様が与えてくれたように、あるいは天から降りてくる。これが自分の使命だと思ったら、それは神様から与えられたものと思い込もう。ある意味勘違いでもいい。使命を与えられたと思って、それに邁進することが重要なのだ。
サラリーマンをしていて使命というものはないわけではない。しかし所詮、人の仕事の手伝いにすぎない。もちろん起業家を支えることが使命な人もいるだろう。概ね、使命と呼べるからには、自ら起業するか、あるいは起業家に近い立ち位置で働くことだと思う。
そう読み解くと、神様がアブラムに言った言葉は、以下のようになるのではないか。
「あなたは今の企業から離れて、あなたがこれだと思ったことをしなさい。
天はあなたを偉大なる人にして、祝福をして、あなたは有名になる。人から祝福される中心になる。
あなたを支えようとしてくれる人を天はサポートする。あなたにケチをつけようとする奴は、天が代わりにケチをつけるから、争いのものとなる故、あなたがケチをつけることはない。
あなたのお客様も、あなたのサービスを利用することで喜びを感じられるようになる。」
[教訓]
〇使命と呼べる仕事は、人を手伝っているうちは訪れない。自分で起業して初めて訪れる。あるいは使命感を持っている人の近くで働き、サポートすることだ。