ユリアンも、それに隣接した自分のオフィスへ入った。デスクに、いくつかの投書が置かれていた。不満や意見を当初の形で発散させる方法を、ユリアンは採用したのだった。それらの中には、建設的なものもあったが、ユリアン個人に対する悪口を連ねただけのものもあった。
「指導者に対する悪口を、公然と言えないような社会は開かれた社会とは言えない」
故に、ユリアンは、彼自身に対する批判や非難を封じたことはない。
(解説)
要するに目安箱というもので、これを日本史で有名にしたのが、徳川幕府八代将軍徳川吉宗であろう。制度自体は、戦国時代の大名が既に設置しており、例えば、甲陽軍鑑によると、武田信玄も目安箱を設置していたとしている。
目安とは訴状のことで、政治経済だけでなく日常の問題まで、要望や不満を人々に直訴させた。当初は住所氏名記入式であり、将軍自ら見分した。内容としては老中等を批判した内容もあった。この目安箱の功績で、小石川養生所や町火消ができた。
目安箱というアイデアは、有名企業でも取り上げられ、企業内でのハラスメントや不正の抑止力にもなっている。また、施設でも意見箱が設けられ、客からの要望に応じるということもある。企業における目安箱が、必ずしも成果を上げられていないのは、その意見が社長ではなくて、管理部の人間が窓口を務めてしまうということ、無記名であっても特定される不安があって当初が集まらないということが考えられる。
この目安箱を制度的に効果を上げるためには、無記名で個人のプライバシーや安全の確保に強め、社長でなくとも窓口が公正中立な立場を維持し、必ず、窓口から社長に対して周知すること、また、ハラスメントなどは個別対応する等の工夫が必要である。目安箱の趣旨に合致しない意見は最初から集めないということも良いが、どんな意見が上がってくるかわからないため、最初からテーマを絞る必要はないと思われる。
そうはいっても指導者を直接非難する意見と言うのは、中々言いづらいと思う。しかしそれができてこそ、自浄作用が期待できるものである。面と向かっては言えなくても、悪口をいうだけでもストレス解消になるかもしれない。それがSNSで起きた誹謗中傷の正体なのだが。それゆえ、ストレス解消のための目安箱設置と言うのは、あまり望ましいものとは言えない。それがストレス解消につながることになるが、あくまでも会社の改善のための制度と考えたい。
(教訓)
〇従業員の意見を集めるために、目安箱の設置は検討すべき価値がある。しかし社長がその意見に目を通さなければ意味が乏しいものになる。
〇ストレス解消のための目安箱設置は望ましくはないが、会社の問題点を改善するために用いられて、結果として従業員のストレス解消につながるというものであれば、問題はない。