自分の手の届かない場所で自分の生涯を左右するような状況の変化がおきると、人は自らを納得させるために「運命」という古い語彙を記憶の墓場から掘り起こす。
「バーラトの和約、第五条によって、同盟軍は保有するところの戦艦及び宇宙母艦の全てを破棄しなくてはならなくなりました。処分の一環として、七月一六日に、レサヴィク星系の空間で1820隻の艦が爆破されることになっています」・・・
「・・・ゆえに、メルカッツ独立艦隊の善処を期待する、とのことです。・・・」
「なるほど、善処か。よくわかった」
「それでどうかな。ヤン提督は今後の事態の変化について、どのようなお見通しを持っておいでだろうか」・・・
「現在は待つ時期だ、とヤン提督は考えておられるようです。一度おっしゃいました。野に火を放つのに、わざわざ雨季を選んでする必要はない、いずれならず乾季が来るのだから、とです」
(解説)
第一段落は、宇宙船内のユリアンの回顧である。「運命」とは信念並みに便利な言葉である。どうにもならない事態が起こったとき、運命だと思うことにして、それ以降の試行錯誤を全て無にする。それだけ、自分の力でどうにもならないことが多すぎるのだが、安易に運命論に逃げるのはやめよう。
第二段落は、隠れていたメルカッツと、ユリアンが再会を果たし、ヤンからの伝言を伝えたシーンだ。「善処」というだけで、やるべきことが理解できるのも、お互いの信頼の証であるし、情報の受け手の能力の高さである。もちろん、現場でないと、全てのことを的確に指示できないということもある。
第三段落は、メルカッツが今後の見通しについてのヤンの意見をユリアンに尋ねたシーンだ。ユリアンはヤンの言葉を使って答えた。「野に火を放つのに、わざわざ雨季を選んでする必要はない、いずれならず乾季が来る」。何でもかんでも打って出るバカがいる。課したノルマは達成せよ、というバカだが、時機も競合他社の動向も見ずに結果だけ出せというのは、全てを見通せてない証拠である。全てを見通してから、言え。どんなときでも同じ結果を出せると思う方が間違っている。
(教訓)
〇どんな状況になっても運命論にはまり、諦めてはならない。
〇お互いの信頼があれば「善処」の一言で済む。上司も部下に自分で考えて動くように教育をせよ。
〇乾季のときに火を放てば燃える。どんなことにもタイミングがある。