「左へ回頭、40度!」
思わずラインハルトは叫んでいた。ブリュンヒルトを熱愛していた彼としては無理からぬ反応であったが、これは明らかに艦長の職権を侵害するものであった。
ブリュンヒルトの艦長としてラインハルトの氏名を受けたカール・ロベルト・シュタインメッツ大佐が、このとき屹と顔を上げた。
「閣下!当艦の行動に関する限り、指揮権は小官に帰するものです。閣下は艦隊司令官として、ご自身の責務をお果たしあられたい!」
部下に叱責されたラインハルトは、まばたきして艦長をみやった。白暫の顔に朱がさしたが、怒りではなく。恥じ入ったためだった。
「悪かった。卿の言うとおりだ。ブリュンヒルトの指揮権は卿の手中にある。二度と口をはさむようなことはせぬ」
艦隊参謀のメックリンガー准将は内心、胸をなでおろした。以前、彼は同じような場面で、司令官に直言した艦長が即座に解任された例を目の当たりにしていたのだ。
この人は部下の直言を容れる度量がある限り、どこまでも伸びていくだろう。メックリンガーはそう思った。
(解説)
上司であれば、部下の仕事を代わりにやってよいわけではない。数か月、予算未達のような状況が続いたときに、営業部長に営業のやり方まで指示をすることは越権行為になる。なぜ予算未達の状況が続くのか、そしてその解決策を営業部長が考え、実行に移しているのかをまず問うべきであろう。半年ばかり予算未達の状況が続き、改善の余地が見えないときには、営業部長の能力について疑問を持っても良いが、その前に、予算の立て方に問題があったのかもしれないと、疑うべきであろう。
経営者のやるべきことは、会社全体の運営であって、一事業部の運営ではない。それに口を出し過ぎると、事業部の責任者のモチベーションも下がるし、育たない。そうであれば、最初から、社長が営業部長を兼ね、営業部長補佐として、実務を担当させた方がいい。結果が出ないからと言って、イライラしてはいけない。経営者は我慢の役職である。
そして、部下から指摘されたときには、それを素直に受け入れることだ。部下が指摘するということはよほどのことなのだ、ワンマン経営者に対して、指摘して、感情を害したら、給料が下げられるかもしれないし、出世もできないかもしれない。それでも言ってくることに対しては敬意を払うことはあっても、聞き流すことがあってはならない。
部下の直言を受け入れられる会社は、部下がエンジンになって、もっと成長する。直言は部下を育てるのだと心得よ。
(教訓)
〇上司は部下の仕事を取るな。
〇部下の直言は、部下を育てることになる。聞き流すな。