「・・・帝国軍大本営よりイゼルローン要塞及び駐留艦隊司令官コルネリアス・ルッツ上級大将に命令を伝達する。即日イゼルローン要塞を発し、同盟首都ハイネセンの後方を扼すべし」
指令を受領したルッツが出撃の準備を整えつつも、ヤン・ウェンリーの策略ではないかとの疑惑を禁じえないでいると、翌三日、全く反対の指令が届いた。
「卿の任務はイゼルローン要塞を固守するにある。出撃はこれを不可とする。ヤン・ウェンリーは奇策を用いることが多い。また、要塞内に同盟及びフェザーンへの同調者が潜み、卿の出撃後、要塞を占拠し、回廊を封鎖する可能性がある。くりかえして卿に命ずる。動くなかれ。」
・・・前後矛盾する命令のうち、いずれが真でいずれが偽であるかを判断するのは困難であった。
ルッツがヤンの術中に陥ったのは、指令の整合性を持って真偽を区別しようとしたからである。・・・
混乱こそ、ヤンの狙う所だった。
「吾々はルッツを策に乗せたが、ルッツの方でも吾々を策に乗せたと考えているだろう・・・」
(解説)
イゼルローン要塞を発せよ、と言う最初の命令は正真正銘ラインハルトのものだったが、その後でイゼルローン要塞を固守せよと、ヤンからの偽の命令が入った。真逆の命令だったので、どちらが正しいかわからなくなり、結局、ルッツは、固守せよと言うのがラインハルトの命令であると勘違いして、わざわざヤンの術中にはまったふりをして、ヤンを誘き出し、トゥールハンマーでたたきつぶそうとした。逆に策に溺れてしまったわけである。ヤンの最大の狙いは、ルッツを混乱に陥れ、判断を誤らせることにあった。恐らくヤンの事だから、ルッツを誘き出せなければ出せないで策はあったろう。競合他社がある場合には、こちらが何をやるのか迷わせるのも良い。迷わせるだけでもチャンスが生まれる。
策士策に溺れるとはよく言う。これは策略を好む人は策をめぐらしすぎて、逆に失敗するという例えである。ルッツはヤンを策に嵌めたと思い込み、自己過信してしまった。様々なパターンを考慮すると、案外肝心なところがおろそかになってしまう。戦略を立てて、上手く行き過ぎたら、かえって警戒した方がいい。そこには落とし穴があるものだ。むしろ、自分自体が墓穴を掘っていることさえある。
(教訓)
〇競合他社に対しては、迷わせるだけでも勝機が出てくる。
〇策士策に溺れる。あまり多くの事を考えすぎて、自ら堀った墓穴に陥らないようにせよ。