「ヤン・ウェンリーほど、戦争における情報と通信の重要性を知悉していた将帥は、他に存在しない。わが軍はイゼルローン要塞に傍受や謀略の機会を与えることを恐れ、フェザーン経由で通信路を維持さえざるを得なかったが、そこには当然、時差が生じた。ヤンはその事を予測し、わが軍の通信路に生じた時差を利用して、一方は謀略により、他方は武力によって、挟撃の危機を回避したのである。ヤン・ウェンリーの真の偉大さは、正確な予測にあるのではなく、彼の予測の範囲内においてのみ、敵に行動あるいは選択させる点にある。銀河帝国の歴戦の名将たちは、常に彼の用意した舞台の上で踊らされたのである」
(解説)
帝国軍は、イゼルローン要塞からの傍受や謀略の機会を与えないために、通信路をフェザーン経由で維持した。自分たちの意図を読まれないようにすること、そして自分たちの意思決定を惑わす情報を介入させないことを目的としていた。意図を読まれたら、常に先手をうたれてしまう。
通信路の時差を利用したというのは、現代の社会では比較的に考えにくいが、1815年のワーテルローの戦いにおいて、ナポレオンが勝てばイギリスの公債は暴落、イギリスが勝てば高騰するといわれており、ネイサン・ロスチャイルドが、ます公債を売って、他の投資家がイギリスの敗戦を確信し、一斉に売りに入る。公債が暴落した後でネイサンは莫大な量の公債の買いに入り、イギリスの勝利の報告が入ると公債は急騰し、ネイサンが莫大な利益を上げだといわれている。
結局のところ、偉大なリーダーとは、正確に予測をすることではなく、予測の範囲内に将来を設定し、その範囲内で相手に行動を選択させる。常に想定の範囲内に相手も将来も管理下に置くのである。どんな人間でも、完璧に将来を予測することは難しい。何回も当たっても、何回も外すという事はよくある。評論家も当たった時は声を大にして成果を強調し、外れたときはおとなしくしている。
将来や競合相手も、自分の想定の範囲内の行動しかしなければ、予測もしやすいし、対処もできる。怖いのは、将来も競合相手も、自分の想定外の結果となっていることだ。わざわざ行動を強制していなかったとしても、想定の範囲内であれば、そのリーダーの用意した舞台の上で踊っているようにしか、見えないだろう。
(教訓)
〇戦略において、情報や通信手段の確保が不可欠である。
〇完全に正確な予測など不可能である。将来も競合相手も想定の範囲内ならばOKだ。