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ビジネスにおける錦の御旗の重要性

織田信長に学ぶ、

三好氏では、内紛が起こっていた。義昭に同調して信長に反抗的な姿勢を見せる義継に対して、家老の多羅尾常陸介・池田教正・野間長前ら若江三人衆らは信長の実力を恐れて信長に誼を通じ、義継にも信長への従属を勧めていた。このため義継はこの3人を遠ざけ、寵臣の金山駿河守武春を家老にして反信長の姿勢を固めていた。

信長が派遣した佐久間信盛率いる大軍が若江城に攻めてきた。義継は籠城して迎え撃ったが、肝心の義昭が近臣だけを連れて堺に逃亡したために士気が奮わず、さらに主家が滅ぼされることを恐れた若江三人衆が金山駿河守を殺害し、佐久間の軍勢と内通して城門に引き入れてしまった。このため、義継の敗戦は決定的となった。

義継は妻子一族を自ら殺害し、10日以上も奮戦したが、自らも自害した。義継の死により、京都で栄華を思いのままにした三好本家も滅亡した。

(解説)

若江城攻略の後、佐久間の軍は松永久秀のいる多聞山城を攻めたが、佐久間を仲介に久秀に降参を勧めた。信長は、若い義継を死に追い込んだが、老齢の松永久秀は助命した。久秀については人物に利用価値があり、さらに久秀の城郭には天下の至宝と言うべき絵画や茶道具が保管され、久秀と共に宝物を失われるのを恐れていたと思われる。

最終的には再度久秀は信長を裏切り、自害しているから(信貴山城の戦い)、信長は宝物が欲しかったのだろう。それに信長は茶の湯に大きな関心を示し、名物茶道具を収集してもいた。この茶道具を家臣に温床として与え、政治的な目的でも利用している。経営者として手に入れるべき成果は、その他の成果を捨ててまでも得る、ということだ。信長としては、茶器と比べれば、久秀の命など実はどうでもよかったのかもしれない。何度も裏切るし。

さて、錦の旗であった義昭がさっさと逃亡してしまい、組織としてのモチベーションが低いことにも問題があった。何のために我々は命を賭けて戦っているのか、という理由がなければ力が出ない。それは現代社会の組織にも言える。現代の会社であれば、命を賭けるほどの仕事はなかろう(スタントマンや脱出マジシャンでもない限りは)。しかし、何のために働いているのか、と言う理由は個々人で持っているはずだ。単純に生活のため、お金が欲しいからと言うのもあるだろうが、それだけで必死に働くであろうか。借金の返済でもあればお金を目的として働くことはあるかもしれない。だが、お金のために働くというだけだと、強烈なモチベーションにはならない。お金を稼いでそのお金を使って何をするか、そこに初めてお金を稼ぐ意味が出る。つまり人間にとってお金は大事なのだが、実はお金の次にあるものの方がモチベーションアップとなるのである。それをいかに見つけるかが人生であると言える。しかし本当にそれがお金がないとできないことかと言うと、言い方を変えれば、お金を稼がなければできないことかというと、大抵そんなことはない。お金がなくてもできることだったり、あるいは自分で稼ぐのではなくて、資金調達という手段もあるはずだ。後者ができるのが起業家なのだ。

[教訓]

〇経営者は、その他の成果を犠牲にしても手に入れたい成果を明確化しなければならない。

〇人生の目的は自分が何をしたいかを探すこと、ひょっとしてお金がなくてもできるかもしれない。それを探し出すのが人生なのだ。

この記事を書いた人
経営学博士。経営学は座学より実学をモットーに大学院在学時より、サラリーマンで修業。一部上場企業の財務、メガバンクでの不良債権処理、 上場支援、上場後の投資家向け広報、M&A、事業承継等を経験。 数千の経営者と身近に接することが多く、数多くの成功例や失敗例を見てきた。 一人でも多くの成功者を輩出することが自らの天職と考え、現在は独立し、起業家に対して、ファイナンスやマネジメントまわりのサポートを行っている。 起業家モチベーター。
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