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社稷の臣を育てろ

絳候は丞相になると、朝廷から退出する際にも、さっさと歩いていかにも得意げであり、主上にも丞相を遇すること恭しく、いつも尊敬の目で見送った。袁盎はそれを見ると、進み出て主上に言った。「陛下は丞相をどういう人物と思召されるのですか。」

主上が「社稷の重臣である」と言うと、袁盎が言った。絳候はいわゆる功臣ではあっても、社稷の臣ではありませぬ。社稷の臣とは、主上が在せば共に生き、主上が滅べばともに滅ぶ者であります。呂后の盛時には、呂氏一族が政権をもっぱらにし、ほしいままに互いに王となり、皇室の劉士は衰微して帯のように、絶え絶えのありさまでした。当時、絳候は大尉として兵権を握りながら、これを正すことができないで、ただ呂后だけが崩じ、大臣らが共同して呂氏一族にそむいたとき、たまたま兵権を握っていたためその成功に出会ったにすぎませぬ。だからいわゆる功臣であっても社稷の臣ではありません。それなのに丞相には陛下に対してもおごり高ぶる気色が見え、陛下はかえって献上しておられますが、これでは君臣の間の例が失われるというもの、ひそかに陛下のため賛成致しかねます。」

こうしたことがあってから、丞相が参朝しても、主上は日に日に威厳を加え、上昇はようやく陛下を畏敬するようになった。

(解説)
劉邦が部下である丞相に気を使っているようだ。そこで袁盎がそれを見かねて、劉邦に意見した。その結果、劉邦は他の部下と同じ態度をとるようになり、次第に、丞相の態度が他の部下と同じようになった。

弱みを握られているのでない限り、特別な部下を作ってはならない。そもそも握られるような弱みがあること自体も問題ではあるが。

さて、特別な部下を作ってしまうと、不公平感も高まり、それどころかその特別な部下が権力を持つようになる。組織的にこれは良くない。あくまでも部下の全部が、トップを中心とした権力構造にしておかなければ、スムーズな組織運営ができなくなる。トップに威厳のないのが問題だ。部下から見たトップのリーダーシップに疑問を持たれてしまう。誰かに気を使いすぎていると、この人について行って大丈夫かと思う部下もいるだろう。

また、袁盎が単なる功臣と社稷の臣の違いを述べていた。経済状況の良いとき、会社の成長期には、頑張れば売り上げが拡大する時期はあるものだ。その時期に責任者であった人物は、比較的容易に成績を上げることができる。しかし経済状況が悪化したときや、会社に逆風が吹いているときに責任者をやっていれば、容易に成績を上げることができない。従い、単なる成績だけで、人物評価をするのは危険だ。前者のような時期には功臣が育ちやすいが、後者のような時期に、それでも会社のために身を粉にした人の中からは社稷の臣が育ちやすい。どちらが会社にとってプラスの人材かは、後者に決まっている。

功臣と社稷の臣を見極める能力をリーダーは持ちたいものである。

[教訓]
〇リーダーに必要なのは威厳だ。特定の部下に気を使うのはやめよ。
〇功臣と社稷の臣を見極める目を持て。単なる売上だけで人を評価する間抜けなことをするな。

この記事を書いた人
経営学博士。経営学は座学より実学をモットーに大学院在学時より、サラリーマンで修業。一部上場企業の財務、メガバンクでの不良債権処理、 上場支援、上場後の投資家向け広報、M&A、事業承継等を経験。 数千の経営者と身近に接することが多く、数多くの成功例や失敗例を見てきた。 一人でも多くの成功者を輩出することが自らの天職と考え、現在は独立し、起業家に対して、ファイナンスやマネジメントまわりのサポートを行っている。 起業家モチベーター。
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