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昔からも学ぶべきところがある、今からも学ぶべきところがある

博士の斉人淳宇越が進み出て「・・・殷・周は王たること千余歳でしたが、それは子弟功臣を封じて自朝の藩屛としたからです。いま陛下は海内を保有せられながら、ご子弟はなお匹夫でいられます。もしも田常や六卿の臣が出たとき、輔弼がなければどうして皇室を保つことができましょう。古を師としないで、長久だったことは聞いたことがありません。いま青臣が御前におもねって、陛下の過ちを重ねるのは忠臣とは言えません」といった。

始皇は、これを臣下に下して論議させた。丞相李斯が言った。「五帝時代は同じ政治を再びせず、三代も同じ政治を踏襲しませんでしたが、それでもそれぞれに治まっていました。これは政道が相反したのではなく、時勢に相違があったからです。今、陛下が大業をはじめ、万世の功を立てられましたのは、元より愚儒等のわかることではありません。越の言うのは三代の昔の事、それを今に則るには足りません。かつて諸侯が並び争ったときは厚く遊説の士を招きましたが、今は天下が既に定まり、法令はいちずに出て、百姓は各々の家にあって農耕に勤め、士人は法令を街周して禁令に触れないようにしています。それだのに、諸生だけが、今を師とせずに古を学び、当代の事を謗って黔首を惑わすのです。丞相臣斯は死を冒してあえて申し上げます。古は天下が散乱して統一がなく、諸侯が並び起こったため、学者の言葉は皆古を称えて今を謗り、虚言を飾って真実を乱し、各々自己の学んだところを最善として、上の立てた制度を謗ったのです。今や皇帝が天下を併有し、黒白を分って政令を一尊に定められましたのに、私学の徒はなお互いに法教を謗り、一例が出ると聞けば、各々の学ぶところで非議するのです。朝廷では心中に非をするだけですが、外では巷に非議し、君主に従順でないのを名誉と心得、違った見解を立てるのを高尚と思い、群下の衆を率いて誹謗を行うのです。これを禁じなければ、君主の勢威が上に衰え、小人の徒党が下に出来上がります。これを禁止するのが上策です。私は史官の取り扱う秦の記録以外は、みなこれを焼き、また博士官が職務上保存する者の他、一般民間にある詩・書・百家の語はこれをことごとく郡の守尉に提出させて、焼き払い、ことさらに詩・書を偶語する者があれば棄士し、古をもって今をそしる者は族滅し。官吏で知って見逃す者には同罪を課し、命令が出て三十日以内に焼かない者はいれずみをして城旦にしたいと思います・・・」と。始皇はこれを裁可した。

(解説)
焚書坑儒とは、秦の思想弾圧事件である。昔のことを今もそのまま踏襲するのは良くない、というところに関しては、間違いではなかったと思うが、そうはいっても、過去の書物を燃してしまうとか、儒者を生き埋めにするというのははるかにやりすぎである。

昔からも学ぶことがあれば、今からも学ぶことがあるというところであろう。

[教訓]
〇昔からも学ぶことがあり、今からも学ぶことがある。
〇昔のことをそのまま適用してはならない。今の時代背景や組織に照らし合わせて修正して適用せよ。

この記事を書いた人
経営学博士。経営学は座学より実学をモットーに大学院在学時より、サラリーマンで修業。一部上場企業の財務、メガバンクでの不良債権処理、 上場支援、上場後の投資家向け広報、M&A、事業承継等を経験。 数千の経営者と身近に接することが多く、数多くの成功例や失敗例を見てきた。 一人でも多くの成功者を輩出することが自らの天職と考え、現在は独立し、起業家に対して、ファイナンスやマネジメントまわりのサポートを行っている。 起業家モチベーター。
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