孫子曰く、凡そ用兵の法は、将、命を君より受け、軍を合し衆を聚め、和を交えて舎まるに、軍争より難きは莫し。軍争の難きは、迂を以て直と為し、患を以て利と為す。故に其の途を迂にして、之を誘うに利を以てし、人に後れて発し、人に先んじて至る。此れ迂直の計を知る者なり。
(現代語訳)
孫子は言う。およそ軍隊を運用する原則は、将軍が君主から命令を受け、軍隊を集合させ、士卒を徴集し、両軍が戦場で対陣し宿営するまでの間に「軍争」より難しいことはない。軍争が難しいのは、回り道を直線道に変え、憂いを利益に転ずるような芸当をしなければならないからである。だから、進撃ルートをわざと遠回りにしているかのように敵に見せかけ、利益で敵を誘い出し、敵より遅く出発したにも関わらず、敵よりも早く戦場に到着する。これが迂直の計を知るということである。
(解説)
まず、「軍争」とは、両軍が機先を制するために争うことのことを言う。そして上記の例では「敵より遅れて出発しても敵より先に戦場に至る」ことであるが、それには曲がりくねった道をまっすぐに変える「迂直の計」が必要となる。どこでもドアがない限り、このようにリアルに軍隊を派遣するのは難しそうだが、「一見難しそうなことを、やさしく変える」あるいは「不利なことを有利に変える」ことを意味していると言える。
さて、期先を制するとは、先手必勝とも言い換えることができる。先行者は後発者よりも勝負事に有利に立てるとよく言われる。しかし、先行したからと言って必ずしも有利とは限らない。むしろ先行しすぎてコケルこともある。事例を挙げると、
1994年にフィールドエミッションディスプレイの技術をフランスから導入し、2004年に量産ラインを構築したが、狙った自動車業界で採用が進まずに2009年に開発中止。液晶パネルに敗北。
ミニチュアベアリングを不要とするモーターで1999年から攻勢に出て、人件費の安いフィリピンに工場を新設、松下電器産業から生産委託の契約まで取り付けたが、価格低下により赤字から脱却できず、日本電産との競争に敗退。
アクリル樹脂の精密加工技術を活用してリアプロジェクションTV用のアプトスクリーンで世界首位に躍り出たが、液晶やプラズマTVの台頭により市場が縮小し、事業撤退。
エレクトロニクスの分野で、先行したが、ダメだったケースは少なくない。他の事業においても、他者の失敗を糧にして、その屍を乗り越えて、後発者が有利に立った例もなくはない。この点を考えれば、一見、先行者が有利なように見えて、後発者が後から市場に参入し、不利な状況に見えても、挽回したことで有利な状況を作り出す、いわゆる迂直の計が成り立っているのである。
[教訓]
〇不利なことを知恵を用いて有利に変えるのが、迂直の計である。
〇後発者だからと言って不利ではない。先発者の失敗を糧にしてその屍を乗り越え、有利なポジションを築け。