「集団ヒストリーよ。・・・絶対者を失って集団を繋ぎとめていた絆がなくなり、互いに疲れたように憎み合う・・・中世の東欧では、よく流行ったらしいわ。・・・踊りながら殺し合うので、その現象を舞踏蜘蛛と呼んだんですって・・・」
(ストーリー)
ユーゴスラビア国家安全委員長の殺害でゴルゴが追われていた。ゴルゴのフェラーリは撃たれ、崖から転げ落ちた。ゴルゴは辛くも脱出し、近くの村を訪ねた。その村はよそ者を近づけず、別の村へ向かうと、ある小屋で女性が囚われていた。そして崇拝のいけにえにされるところであった。
村人から逃げるためにある小屋に入るが、村人から囲まれ、さらに火を付けられる。やむなくその小屋の地下室に入り、この村に絶望して死んでいった男の死体と日記、そして弓矢を見つけた。そしてこの村が悪魔崇拝の村であることを知る。
ゴルゴは魔女の姿をしたものを弓で狙撃、絶対者を失い、集団ヒステリーに陥る。助けた女性と共に、ゴルゴは二人で夫婦のふりをして国境を出た。
(解説)
「タラントゥーラ=舞踏蜘蛛」の一幕である。ベオグラード大学の心理学専攻の学生が、村人にとらわれ、悪魔崇拝のいけにえにされるところ、ゴルゴに助けられた。トラブルには巻き込まれたが、その女性と夫婦であるふりをして国境を抜け出られたので、ゴルゴとしては良かったということであろう。この点は禍を転じて福と為すというところか。
さて、絶対者が強力であればあるほど、亡くしたときの衝撃は激しい。集団を繋ぎとめる絆は、できれば人でない方がいい。経営理念のようなものの方がよい。人はいついなくなるかわからないが、経営理念は永遠に引き継がれる。
組織は、人が人を介して次世代に受け継ぐものであるが、伝言ゲームになってしまって、別のものになるかもしれない。経営理念で活字化しておけば、変わらぬものとなるだろうが、可能な限り、思想的DNAとして残しておくのが良いと思われる。経営理念を持った上司が経営理念に基づいて、部下を育てるのだ。これが思想的DNAによる組織の引継ぎだ。
[教訓]
〇会社は思想的DNAとして後世に引き継げ。