「お前は、アベ・マリアを歌っていれば、教会の運営ができると、思っているのか?5つのパンを5千人で分けたのは、イエスの知らないところでひそかに5千人分のパンを集めた男がいたからなのだ・・・」
(ストーリー)
修道女モニカが通信機器に細工をして、ニーノ司祭がPCでハッキングしている。モニカは何か悪いことをしているのではとニーノ司祭に問うと、彼は私は錬金術師になろうとしていると言った。スイスの銀行口座にハッキングすることで、実はゴルゴのお金を引き出していたのだ。このお金を使って、追い出されたバチカンに復帰しようと考えていた。
マッシモ司教はニーノの使い込みに見てみぬふりをしていたが、それがバレたため、バチカン銀行の職を解いた。その使い込みはある会社への投資であり、マッシモ司教の指示で始めた。マッシモはニーノに全ての責任を押し付けたのである。
バチカンは全世界のキリスト教化を狙っており、ロシアのような無神論の帝国を倒すために、ロシア正教会を支援すべきだと考えていた。そして会議でお金を効果的に生む知恵を絞れと他の物たちを叱咤していた。そこにニーノがやってきて、20万ドルものお金を見せ、さらにマッシモの同性愛疑惑を公にすると脅し、ニーノはバチカン銀行に返り咲いた。
スイス銀行ではゴルゴの秘密口座が破られたことを危険視し、ゴルゴにお金を戻せばよいのではなく、スイス銀行の威信と信用を回復するために、取られたお金を回収するしかないと考えた。スイス銀行はモニカに白状させて、ニーノを脅すが応じない。しかもニーノはモニカを殺害する。スイス銀行の支店長は、ゴルゴの口座から20万ドルが盗難されたことをつたえ、その犯人を始末してほしいと依頼。
ローマ法王が信者をあいてに講話をしていたとき、テロリストが法王を射殺しようとした。そのとき、ゴルゴはニーノを狙撃。ニーノが法王をテロリストから守って撃たれたということになっていた。
(解説)
「バチカン・セット」の一幕である。司教たちの会合で、事実が飛び出した。正直、現実を見ろという事だ。そして間抜けな奴に信じさせておいて、寄付をせしめる。これがキリスト教の奥の深さなのだと思う。この暴言をして受け入れてしまう宗教。これを暴言として排除してしまう宗教。後者は暴力に走り、発言の自由さえ奪う。どちらが人間社会に浸透すべきかと言えば前者だろう。
奇跡は奇跡じゃなく、奇跡のように見せることが大事なわけである。真実はどうでもいいのだ。とにかく、縁の下の力持ちこそが大事。誰しもヒーローになりたい。そのヒーローを支える人の方が実は歴史を作っているのだ。ヒーローには形だけでもヒーローさせておけばよい。
アベ・マリアを歌っていれば、のくだりだが、理想論を言っていれば経営ができると思っているアホもいるかもしれないが、釘を刺しておこう、経営ほど理想の通じない世界はない。短期的には現実を、長期的に理想を掲げるしかないのだ。今はとにかく稼ぐ。それが経営者の役割である。
[教訓]
〇経営者は短期的には現実的に行動をし、長期的には理想論で行動をするのが良い。
〇縁の下の力持ちこそが歴史を作っている。ヒーローにはヒーローさせておけばよい。