聖書に以下の事を学ぶ。
「わたしはあなた方を遣わす。それは狼の群れに子羊を送り込むようなものだ。だから蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい。」
イエスは弟子を布教活動に派遣するのだが、いつの時代でも新興宗教は嫌がられる。そこで迫害されることを覚悟せよと弟子に伝える。それが「狼の群れに子羊を」という言葉になる。
次に「蛇のように賢く、鳩のように素直に」という言葉があるが、蛇とは聖書によれば、イブをそそのかして、知恵の実を食べさせ、アダムとイブがエデンの園から追い出される原因を作った生き物であり、さらに地を這う生き物にされてしまったが、そもそも「知恵」の象徴の生き物でもある。たまに賢者の杖が蛇のような形をしていたり、蛇が化けていたりする。
鳩は平和の象徴でもあり、ノアの箱舟のときには、オリーブの葉を加えて戻ってきたメッセンジャーでもある。そこで上記の言葉を解釈するに、弟子に対して、賢さと純粋さを持て、と命じている。このような資質は、リーダーとなるにあたっても不可欠の要素と言えよう。
「弟子は師に勝るものではなく、僕は主人に勝るものではない。弟子は師のように、僕は主人のようになれば、それで充分である。」
弟子が師に劣ること、そして僕(しもべ)が主人に劣ることは当然だが、だからと言って、イエスから使われた弟子は、イエスから離れて伝道活動を行うからには、弟子だからというのを言い訳にして、師より劣った知識や態度を持ってはいけないということだろう。
会社組織においても、一人の営業マンは会社を代表して顧客の下を訪れている。平社員だからと言って、新人ですからすみませんでは済まない。あくまでも一人のベテラン営業マンであると自覚し、お客の前でもそのような態度を見せなければならないし、しかもベテラン並みの知識も一夜漬けでもいいから、身につけなければならない。
仮にミドルマネジメント、つまり課長や部長だからといって、当然社長には権限が及ばないにしろ、部下に対しては、社長が接するような態度で接しなければならない。部下に対しては、信賞必罰と生殺与奪権を持っているのがミドルマネジメントである。
弟子は師のように、僕は主人のようになればそれで十分であるとは、現場では弟子ではなく師であれ、僕でなく主人のようであれ、と言っているのだ。
[教訓]
〇賢さと純粋さはリーダーとしての必須条件。
〇部下にはワンランク上の地位だと思って仕事をさせよ。地位が人を育てる。