一方、もはや第十三艦隊の兵士にとって、ヤン以外の指揮官を頭上に戴くのは考えられないことだった。いみじくもシェーンコップが評したように、兵士たちは能力と運の双方を兼備する指揮官を欲するものだ。これが彼らにとって生存を可能にする最善の方法であるから。
・・・憂国騎士団本部からの「愛国の名将をたたえる」という一文はヤンを失笑させたが、第十三艦隊の戦死した兵士の母親から送りつけられた一文、「あなたもしょせんは殺人者の仲間だ」は彼の気をくじかせた。実際、五十歩百歩なのだ。名誉も栄光も、無名の兵士たちの累々たる死屍の上にのみ、築かれてゆく・・・。
(解説)
部下は能力の優れた上司の下で働きたい。そして運のよい上司、この二つを兼ね備えているのがいいに決まっている。
ビジネスの場合は、最悪、経営者が無一文になって破産し、従業員は賃金がもらえない程度で済むが、戦争の場合は命を取られてしまう。つまり努力だけではどうにもならないのだ。このような状況下での相応しいリーダーと言うのは、どういう人か。
アメリカ海軍においては、戦時中の空母や巡洋艦の艦長の選抜基準は、「理由の如何を問わず、今まで船を沈めたことのない人」なのだそうだ。官庁としての能力が高く、リーダーシップがあるのは当然として、事故や偶然のトラブルも含めて船を沈めたことのない人が重要だというのである。
そもそも将来のことを完全に予測するのは不可能であり、予測してその通りになることもない。だから、運がいいことが条件と考える。
さて、後段は物悲しい、国にとっては英雄でも、戦死した兵士の母親からすれば、殺人者と同じ。結局、経営者は、従業員の労働と言う犠牲のもとに(それを犠牲と呼ぶかはさておき)、その結果によって評価される。名誉であろうと栄光であろうと。コストがあってリターンがある。経営者は常に、そのコストに対する尊敬の念を忘れてはならないと思う。スタッフがいてこそのリーダーなのだ。
(教訓)
〇能力だけでなく、運がいい奴をリーダーに選ぶという考え方も重要である。
〇従業員等の労働の下に、経営者の名誉や栄光がある。従業員に対する尊敬の念を忘れてはならない。