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お客様の要望をかなえる最強のマーケティングワード

聖書に以下の事を学ぶ。

カインとはアダムとイブの子供であり、土を耕す者となった。そして次に生まれたアベルは羊飼いとなった。二人はそれぞれ神様に捧げものをした。カインは農産物、アベルは羊の群れの中から肥えた初子だった。その結果、神様はアベルの捧げものを喜んだ。神様に喜んでもらえず、嫉妬したカインは、何とアベルを殺してしまった。

神様はカインに罰を与え、一生実りを生まない土地を耕し、逃げ移ろうこととした。カインは命乞いし、罪が重すぎて背負いきれず、誰かに殺されるのだけはご勘弁と神様にお願いしたところ、カインを殺せば、7倍の復讐を行うとした。

カインとアベルの物語はざっくり話すと上記のようなものであるが、神様がなぜカインの捧げものは見向きもせず、アベルの捧げものを受取ったかについて解釈がある。ユダヤ教的解釈としては、アベルは初物をささげたが、カインは初物ではなかった。キリスト教的解釈としては、アベルは深々と生きた信仰をもって備えたが、カインは自分の利益だけを考えて備えたという。どちらが正しいとかはなくて、ユダヤ教的解釈の方は無機的過ぎる気がするし、キリスト教的解釈は教訓的な要素を入れすぎな気がしなくもない。

神様は初物が好きである。どちらかというとユダヤ教的解釈の方がシンプルだ。マーケティング的に考えると、お客様のニーズに合致させるかを良くとらえていたのがアベルの方だった。お客さまで一番積み茶が好きであれば、やはり一番積み茶を提供すべきである。

聖書からこの部分をそのまま拾い出してみる

「カインは土の実りを主の下に捧げものとして持ってきた。アベルは羊の群れの中から肥えた初子を持ってきた」

付け加えれば、「お客様のために厳選しました」というキャッチフレーズを使っている。この点が神様から喜ばれたに違いない。このように考えてみると、自分の利益を追求しただけのカインは喜ばれず、お客様の利益も考えたというキリスト教的解釈も捨てがたいといえるのではなかろうか。

[教訓]

〇提供者側の利益を追求しただけのサービスは喜ばれない。お客様の利益も考えなければお客様からは支持されない。

この記事を書いた人
経営学博士。経営学は座学より実学をモットーに大学院在学時より、サラリーマンで修業。一部上場企業の財務、メガバンクでの不良債権処理、 上場支援、上場後の投資家向け広報、M&A、事業承継等を経験。 数千の経営者と身近に接することが多く、数多くの成功例や失敗例を見てきた。 一人でも多くの成功者を輩出することが自らの天職と考え、現在は独立し、起業家に対して、ファイナンスやマネジメントまわりのサポートを行っている。 起業家モチベーター。
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