ラインハルトが参内すると、皇帝は三通の辞表を若い帝国元帥に示して、どの職が欲しいか、と玩具でも選ばせるような語調で尋ねた。憮然としてたたずむ国務尚書をちらりと見ると、ラインハルトは答えた。
「自ら功績を立てたわけでもございませんのに、他の席を奪うことはできません。イゼルローンの失陥は、ゼークト、シュトックハウゼン両提督の不覚によるもの、しかもゼークト提督は死をもって罪を償っており、今一人は敵の獄中にあります。他に罪を得るべき者がいるとは、私は思いません。なにとぞ三長官をお咎めなきよう、謹んで陛下にお願い申し上げます。」
(解説)
帝国軍三長官、軍務尚書エーレンベルク、統合本部曹長シュタインホフ、宇宙艦隊司令長官ミュッテンベルガーは、帝国宰相代理である国務尚書に対して、イゼルローン失陥の責任を取るために辞表を提出した。
そこでラインハルトにその役職が回ってきたわけだが、「自らの功績を立てたわけではない」と断った。
本当の実力者は、敵失に期待せず、自らの実力で奪い取る。もちろん戦争のような状況下で、生きるか死ぬかのときに、その敵失を利用しないのは愚か者かもしれない。リーダー自らがどんな目に会おうと勝手だが、部下にまでその損失を押し付けてはならない。当然、敵失を使うも使わぬもそのとき次第であるが、実力者はあえてその敵失を横において置き、自らにハンデを課すくらいの方がよいであろう。より強くなれる。
ラインハルトは卑怯なことはしない、ということもあったのだが、上記行為によって、三長官に恩を売った。特に、姉アンテローザが皇帝の妻であって、周りにそれを面白くないと感じる者も多い。つまり政敵が多いという事だ。単に敵失を見逃したわけではない。そのような裏事情もある。敵失をどのように使うかが問われる。
(教訓)
〇優れた人物は敵失を安易に利用しない。自分を高めるためにあえて見逃すのもあり。
〇敵失を見逃すことで、相手に恩を売るのも戦略の一つ。