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自分は何を釣ろうとしているのか自問自答せよ

当のラインハルトは、フェルライテン渓谷の山荘に新妻のヒルダを伴って滞在していた。この年三月に二十五歳を迎える若い専制君主は、体力はともかく気力においては無為の休息を必要としないようであった。つまり、のんびりと休養する気になれなかったのである。彼の関心は常に軍事と政治から離れることがなかったし、さしたる趣味があるわけでもなかった。彼が王者ではなく覇者であったと評される理由の一つである。

「川に釣り糸を垂れていらっしゃる時でも、陛下は、鱒ではなく宇宙を吊り上げようとしておいででいた」とは、近侍のエミール・ゼッレ少年の証言であるが、崇拝者の証言である点を、割り引いて考えるべきであろう。黄金の髪をした覇王は、所詮、風雅とは縁がなかった。

(解説)
王者と覇者の違い。国語辞書的な解釈をすると、「王」は仁愛や徳によって統治するのに対し、「覇」は武力や権力で治める、というように「覇」は良くないニュアンスで使われているが、銀英伝のテーマ、そしてラインハルトの性格を考えると、原作者の田中先生は、「覇者」を、自分の力でその座を手に入れた者、「王者」を親から譲り受けた者と解釈されているのではなかろうか。

ラインハルトは、正々堂々と競争で皇帝の座を手に入れたのである。そのような人物は、無為の休息はとらず、のんびりと休息したいという気持ちも持たない。常に、関心事である軍事や政治に目を向ける。そして趣味がこれといってない。

国語辞書的な解釈をしない意味での経営者というものも、王者や覇者はいるものだ。とはいえ、親から継いだといっても二代目、三代目としての苦労はそれなりにあるとは思うが、出世街道で社長を射止めることができた人と比べれば、その努力には雲泥の違いがある。二代目、三代目はやはりボンボンが多いし、部下の幸せよりも、自分の幸せの追求にウェイトが強い人が多い。それは、手に入れる努力をしなかったからである。だから、二代目の政治家は国民のことなど考えず、自分の懐優先なのである。

一代で名を成した経営者は多いが、ほとんどが、茨の道を進んできた人物ばかりである。その人たちの伝記は読むべき価値がある。利己よりも利他主義をベースにしている人の方が多い。もちろんそんなご立派な人ばかりでもないが、不思議とものすごく苦労をしてきた人の方が、他人を大切にしている。逆に守銭奴になっている人もいるが、相対的には少なく、苦労をして守銭奴になった者は、大抵、自分の能力を超えて、成果が上がった多少運がいい人が多い。なまじ自分の実力だけでないことを心のどこかでわかっているから、他人に対して優しくなれないのである。

苦労はしているが、自分の実力を発揮して、正当に評価された人物は、他人に対しても気を配れるし優しくなれる。そもそもお金以外のところに、その人の生きがいがある人が多い。

釣りに行っても、仕事のことを考え、鱒ではなく、社会的理念の達成のことを考えられる経営者が、本当の宇宙を吊り上げられる大物になるのである。

(教訓)
〇経営者は、成功を自分で勝ち取れ。努力せよ、苦労せよ。人に優しくせよ。
〇経営者は、遊びに行っても仕事のことを第一に考えよ。

この記事を書いた人
経営学博士。経営学は座学より実学をモットーに大学院在学時より、サラリーマンで修業。一部上場企業の財務、メガバンクでの不良債権処理、 上場支援、上場後の投資家向け広報、M&A、事業承継等を経験。 数千の経営者と身近に接することが多く、数多くの成功例や失敗例を見てきた。 一人でも多くの成功者を輩出することが自らの天職と考え、現在は独立し、起業家に対して、ファイナンスやマネジメントまわりのサポートを行っている。 起業家モチベーター。
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