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ゼロ百で考えるな

「卿の忠誠心は民主主義の上にのみある、と、そういうことなのだな」
「はあ、まあ」
「・・・卿の愛してやまぬ、自由惑星同盟を私の手に売り渡したのは、同盟の国民多数が自らの意思によって選出した元首だ。民主共和制とは、人民が自由意思によって自分たち自身の制度と精神を貶める政体の事か」
そこまで言われると、ヤンは反論しなくてはならない。
「失礼ですが、閣下のおっしゃりようは、火事の原因になるという理由で、火そのものを否定なさるもののように思われます。」・・・

「人民を害する権利は、人民自身にしかないからです。言い換えますと、ルドルフ・フォン・ゴールデンバウム。またそれよりはるかに小者ながらヨブ・トリューニヒト等を政権に就けたのは、確かに人民自身の責任です。他人を責めようがありません。まさに肝心なのはその点であって、専制政治の罪とは、人民が政治の害悪を他人のせいにできるという点につきるのです。・・・」

(解説)
ラインハルトとヤンの政治に対する考え方は全くもって水の油である。ラインハルトは優秀な君主が立つことによって、効率的に統治し、ヤンは優秀な君主が立つとは限らないから、指導者を国民が選ぶ、その結果、ダメな奴が立っても仕方がないと考える。

日本の政治を見ていればわかる通り、本当の民主主義が機能しているとは言い難い。しかしだからと言って、民主主義を否定してしまってよいものとは言えない。民主主義はダメな指導者が選ばれる可能性があるから、民主主義を否定していいことにはならない。

ナイフだって凶器にはなるが、便利である。車だって人をひき殺すこともあるが、移動のためには不可欠であるといえる。要するに、制度やモノとは使うもの次第であるということなのだ。

どんな制度を作っても、その穴を見つけて、ずるい奴が得をする。そんな不公平があったとしても、多くの人がその制度に救われれば、その制度自体を維持する必要性はある。

何々だから全てダメという考え方はやめておこう。

民主主義の場合、国民が指導者によって、損失を蒙っても、選ぶ国民が悪いと自覚をする機会がある。コロナショックによって、選挙に行こうと思った人が増えたに違いない。まあ、どうせ数か月たつと忘れるとは思うが。確かにヤンの言う通り、専制政治になると、君主が悪いと他人のせいにできる。

会社は専制政治に似ているかもしれない。会社の社長がどんなにクズでも、そこにいる従業員が選任したわけではないから、いくらでも文句が言える。気に入らなければ、従業員にやめる自由はある。だからブラック企業は当面ブラック企業のままで安泰なのかもしれない。

(教訓)
〇どんな制度でも、ずるい奴が利用すれば不公平感はある。しかし全体が得をしていたら、その制度を維持する十分な理由がある。
〇会社は専制政治に似ている。社長がどんなにクズでも、従業員が選任していないため、いくらでも文句が言える。

この記事を書いた人
経営学博士。経営学は座学より実学をモットーに大学院在学時より、サラリーマンで修業。一部上場企業の財務、メガバンクでの不良債権処理、 上場支援、上場後の投資家向け広報、M&A、事業承継等を経験。 数千の経営者と身近に接することが多く、数多くの成功例や失敗例を見てきた。 一人でも多くの成功者を輩出することが自らの天職と考え、現在は独立し、起業家に対して、ファイナンスやマネジメントまわりのサポートを行っている。 起業家モチベーター。
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