世界の歴史を題材とした起業家応援メディア

部下が上司を牽制するときには、より権限のある者を味方にせよ

「人間とは変わるものだ。私は500年前、ルドルフ大帝が最初から専制者となる野望を抱いていたのかどうか、疑っている。権力を手に入れるまでの彼は、いささか独善的ではあっても理念と信念に燃える改革志向者、それ以上ではなかったかもしれない。それが権力を得て一変した。全面的な自己肯定から自己神格化へのハイウェイを暴走したのだ。」

「ヤン提督、君は公人としての国家の名誉を擁護する立場にある。である以上、今回の査問会に関して、政府のイメージを低下させるような発言を、外部に向ってやったりはせんだろうね」・・・
「ということは、私に対して開かれた査問会なる代物は、外部に知られた場合、国家機構をイメージダウンさせる種類のものだった、と自らお認めになるわけですね」
「私は公人としての義務に従ったのだ。それだけのことだよ。だからこそ、君にも公人としての義務を果たすよう求める権利があると確信しているのだがね」

(解説)
イゼルローン要塞に帰還する前に、ヤン、フレデリカ、ビュコックとレストランで食事をしたが、まずは政治家のジョアン・レベロと話し、その後で。先ほど査問会で質問を受けていたメグロポンティとの会話があった。

誰しも、実力があり、しかも国民からの人望を集めた人物は、ある意味怖がられる対象でもある。ヤンは全く権力に関心はなかったが、権力を狙うものからすれば、要注意人物なのである。査問会はヤンの権力への道を削ぐための一つの方策であった。

どんなに権力に関心がないとはいえ、それは権力が身近にないだけで、権力を持ってしまったら、自分が変わってしまう可能性もないわけではない。誰しも自己を肯定する習性は持っている。それが権力を手に入れた瞬間、自己神格化を行うかもしれない。そうすると人は暴走する。経営者も一種の権力であるから、どんな聖人君子でも、暴走する可能性はある。だからこそ、牽制機能を会社自体に持たせておかなければならない。

その牽制機能は、上場企業であれば株主であろう。メディアは牽制機能になるかと言うと微妙だ。というのは大型広告主だった場合には、メディアは言論を封殺されるからである。その点、SNSは薬にも毒にもなる恐ろしいメディアである。

中小企業であれば、牽制機能は金融機関と税務署と言える。経理をやっていると、社長から無理難題が飛ぶ。そのほとんどが過度な節税である。そのときに税務署から言われたんですよ、と言えば、聞かざるを得なくなる。権限なき経理にとって、案外税務署は味方にもなり得るのである。まあ、税務署の方ばかり見ている経理はクビになるだろうが(苦笑)。

査問会を行った人も、ヤンを個人的に追い詰めようとしたわけではない。上司から言われてやむを得ずしたことだ。会社で規則を守らせる立場というのは、個人的には心苦しいが、公人としての義務を果たさなければならないことも多い。だから、「公人としての義務を果たす」ことについては、開き直ってよいと思う。「規則なんだから、守って下さいよ!」と言うのは非常に楽である。

(教訓)
〇権力を持ったら、人格が変わってしまうかもしれないので、会社には経営者に対しても、牽制機能を持たせておくべきだ。
〇部下が牽制機能をとは難しいから、時と場合によっては、銀行や税務署を味方に引き入れると良い。銀行や税務署のいうことであれば、経営者もいう事を聞かざるを得ない。

この記事を書いた人
経営学博士。経営学は座学より実学をモットーに大学院在学時より、サラリーマンで修業。一部上場企業の財務、メガバンクでの不良債権処理、 上場支援、上場後の投資家向け広報、M&A、事業承継等を経験。 数千の経営者と身近に接することが多く、数多くの成功例や失敗例を見てきた。 一人でも多くの成功者を輩出することが自らの天職と考え、現在は独立し、起業家に対して、ファイナンスやマネジメントまわりのサポートを行っている。 起業家モチベーター。
SNSでフォローする