キルヒアイスは・・・銀河帝国軍でも屈指の驍将と知りながら、イゼルローンの女性たちは好感を抱いたようである。ヤンはアムリッツァで彼と直接、戦闘を交えた身であり、彼がローエングラム侯ラインハルトの腹心であることも知っていたが、それでもこの若者を憎悪するのは難しかった。
「感じのいい人ですね」
後になってユリアンもそう印象を述べた。ヤンはうなずいたが、味方の政治家より敵の指揮官に好感を抱くというのは、考えてみれば奇妙である。もっとも、正面の敵の方が、背後で策動する者よりはるかに堂々としていることは珍しくないし、現在の敵味方が永遠に固定しているわけでもないだろう。
(解説)
戦争になると、敵を徹底的に敵だと思いこむのもやむを得ないが、それを俯瞰してみれば、大抵どちらにも正義はない。そして敵だからと言って、全員が悪い人でもない。例えばヤンにとって、ラインハルトが敵であるが故に、悪人と断罪するのが良いのかどうかはわからない。敵を悪にしないと困るのは為政者である。民衆にそのように思いこませないと、求心力が得られない。
そのため、敵でも、会ってみるといい人だったりする。野望を持っていても、悪とは言えない。この人についていきたいと思うか、ついていきたいと思わないかの差でしかない。
味方の指導者の方が嫌らしいふうに見えなくもない。それが、自分たちから不当に権限を奪っている存在であるとすれば。つまり正面の敵の方が背後で策動する者よりはるかに堂々としているように見える。そもそも好きとか嫌いとか、従うとか従わないとかではなく、顔が浮かぶから、余計に嫌になることもある。逆に顔が見えないから、悪さが増幅することもある。大抵為政者の発する報道が原因だが。
それに、現在の敵味方が永遠に固定しているわけでもないということも確かだ。戦争という極限状態であっても、敵国からの亡命と言うのはあるだろうし、身内を殺されれば許せないだろうが、ビジネスの世界には敵味方がわかりうる状況は往々にしてありうる。競業避止義務の問題は横において置き、ライバル企業への転職をノーと言い切ってしまえば、職業選択の自由を阻害することになりかねない。
卑劣な相手であっても、味方にすれば心強いということだってある。敵のすごいところは素直に認め、悪い人だと思わずに、どのように対処していくかを考えた方がより建設的だ。悪い人のすることは、徹底的に排除しようとするのは、ビジネスの世界ではもったいない考え方である。
(教訓)
〇ビジネスの世界では敵=悪ではない。学べるところは徹底的に学べ。