「全責任は宇宙艦隊司令部が取る。貴官の判断によって最善と信ずる行動をとられたし。宇宙艦隊司令長官アレクサンドル・ビュコック」
訓令分を幾度かヤンは読み返したが、その都度顔の筋肉細胞が春風を受けて歌声を上げるように微妙にうごめいた。我が意を得たのだ。
「持つべきものは話の分かる上司だな」
・・・用兵権に関してフリーハンドを与えられたからには、ヤンはビュコック司令長官の知遇に応えて、眼前の戦場よりはるかに巨大な戦局全体を、自由惑星同盟に有利となるよう、導かねばならない。・・・
・・・会議室に集まった幹部たちに対して、昼食のメニューを決めるよりあっさりした口調で言ったことである。
「イゼルローン要塞を放棄する」
・・・「しかし、ひとたび手に入れたものを、みすみす敵の手に引き渡すとは無念な話ではありませんか」
(解説)
まずは、部下に判断をゆだねる時は、責任は上司が全て取ることを明言しなければならない。そうは言っても、部下が失敗したときに、任命責任や監督責任があるわけだから、明言しなかったとしても責任を取らないわけにはいかない。
日本の組織は、ありがたいことに、大した選択権もなければ、責任も大して大きくない、ともいえる。最悪、その会社を辞めてしまえば、それ以上の責任を負う必要がないことも少なくない。部下をワクワクさせる組織は、責任も負わせる代わりに、巨大な権限を与えることのように思う。
あとは、物分かりのいい上司がいるのは、組織としては重要だ。正直、物分かりのいい上司に出会ったことがない。ここでいう物分かりとは、部下のわがままを聞いてあげる優しい上司ではない。費用対効果を考え、最大のパフォーマンスを上げ、部下に相当な報酬を分配できる頭脳明晰な人物のことを言う。だから、そのためには厳しいことだっていうこともある。
さて、優れたリーダーは過去の実績に固執しない。確かにヤンは苦労をしてイゼルローンを奪取したとも言い難い。それだからということもあるのだろうが、今回、イゼルローンにこだわっていれば、どのみち同盟そのものが終わる危険性がある。そこで、あっけなく放棄してしまう潔さがある。ヤンは欲しいときはまた手に入れられるという自信もあったし、実際そうなった。
無駄なことにこだわるカスが経営者となると、大局観を見誤る。そもそもそんな奴ばかりではあるけれども。
(教訓)
〇過去の実績に固執すると、未来観を見誤る。
〇細かいことに固執すると、大局観を見誤る。