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組織の緊張感の保ち方

織田信長に学ぶ、

大獄(おおずく)に越前から派遣された守備の部隊、3名の将軍と軍勢500名ほどが立てこもっていた。もう少しで敵陣に突入しようという時、越前勢はそれぞれ降参した。信長はこの越前勢を討ち果たすつもりだったが、浅倉義景は大嶽が陥落したことを知らないだろうから、この者どもの命を助けて敵の本陣へ送り届け、この方面は守り切れないことを敵方に理解させたうえで、朝倉義景の本陣へ攻めようと考えた。

信長が将兵に「朝倉を逃さぬように、十分注意せよ」と厳命。しかし先人に差し向けられた武将たちは油断して、信長が先駆けしたことを知らず、遅れて駆け付けた。

信長に先を越されて面目ないと、諸将は謹んで陳謝した。その中で佐久間重盛は涙を流しつつも、「そうは仰いましても、我々ほどの家臣はお持ちになれますまい」と自惚れを言った。信長は大いに腹を立てた。「お前は自分の能力を自慢しているのか。何を根拠にそういうのか。片腹痛い言い草だ」と言って、気分が悪かった。

(解説)

大獄の朝倉の舞台は、暴風雨の中を信長が攻めて来るとは思っていなかったため、降伏した。準備ができていないときを攻め、労力をかけずに勝利したわけだ。そして義景は大嶽砦の陥落を知れば撤退し、信長はその追撃戦を考えていた。その追撃戦のために好機を逃すことのないようにせよと伝えていたのだ。攻城戦よりも追撃戦の方がコスパも高い。

また、信長が再三にわたって、諸将に先陣を切れと言っていたにも関わらず、信長本人が駆け付け、その他の者は思ったよりものんびりしていたことを説教した。しかしその中で佐久間重盛は「我々部下は優秀ですよ」と開き直ったことにさらに頭に来たという。

次に、難敵朝倉を倒すためには、一つのミスも許されないところ、信長は武将が命令を守らず、緊張感をなくしていることを叱ったのである。油断が命取りになるからだ。しかも叱ったときに言い訳や口答えをしたのがよくない。この一件で、やる気のない態度を次にとった佐久間重盛は息子と共に追放処分となり、重盛は以後、信長に会えずに他界することになる。

また、追撃戦を完全に佐久間重盛をはじめとした武将が理解しきれていなかったのかもしれない。

組織の緊張感を保つのもまたリーダーの仕事である。特に長年仕えている部下は、上司の気持ちを軽く見がちである。慣れは非常に恐ろしい。慣れていなければ、緊張感をもって上司の指示に従うのだが、昔はこの程度でよかった、それが今も通用してしまうと思ってしまうのである。リーダーはきちんと緊張感を伝えなければならないと思う。部下が自分と同じ緊張感を持ってくれていると思うのではなく。だから長年付き添っている部下も時には新人のごとく接しなければならない。

[教訓]

〇悪天候では攻めてこない、というようにセオリーをあえて破れ。

〇相手が準備できていないときにこそ攻めよ。

〇リーダーと部下の緊張感の温度差は決して伝わらない。明確に言語化して伝えよ。

〇組織の慣れがよろしくない。時に長年勤めている部下を新人だと思って扱え。

この記事を書いた人
経営学博士。経営学は座学より実学をモットーに大学院在学時より、サラリーマンで修業。一部上場企業の財務、メガバンクでの不良債権処理、 上場支援、上場後の投資家向け広報、M&A、事業承継等を経験。 数千の経営者と身近に接することが多く、数多くの成功例や失敗例を見てきた。 一人でも多くの成功者を輩出することが自らの天職と考え、現在は独立し、起業家に対して、ファイナンスやマネジメントまわりのサポートを行っている。 起業家モチベーター。
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